「良きライバル」がいた方が強くなれるのだから、探してみよう。
「試合は練習をたくさんして、自信を持って打てるようになってからするもの」
そう考えている人は少なくありません。
この考え方は、私が「選手」と呼んでいる、試合で勝つことを目的にしているテニスプレーヤーには、次の2つの理由からおすすめしません。
- 勝負がただ辛いものになりやすい
- 確実に強くなるまでの遠回になる
順番に説明します。
まず知るべきは勝負の面白さ
テニスの楽しさだけではなく、真剣勝負の面白さも知っている人の方が強い選手になりやすい。これは理由を説明するまでもないでしょう。
技術レベルが同じで、嫌々しかたなく試合をしている人と、充実感を感じながら生き生きと試合をしている選手。このふたりが戦えば、当然のように後者が勝ちます。
心理的に楽な練習の楽しさに満足してしまうと、その後挑戦することになる試合は、ただただ辛く苦しいものになってしまいます。特にシングルスの試合は孤独な世界のためなおさらです。
だから、試合や勝負の面白みを先に知った方がいい。そう考えています。
これは、初心者に対しても同じことがいえます。はじめてテニスをする小さな子どもにとっても同じです。
子どもはゲーム性のあるものからすぐに楽しさを覚えるのでなおさらです。子ども自身が「勝負だ!」と言い出したタイミングが勝負に挑戦する最も適切なタイミングです。
もちろん子どもの場合、正式なルールではやりません。子どものできる範囲で、勝ったり負けたりする可能性のあるルールに変更して勝負します。
大人が相手をする場合は、上手に負けてあげることがとても重要だったりします。
また、学生や成人の場合でも、ボールスピードは問わず、サーブとストロークが5割入れられるようになった頃が、試合に挑戦する最適なタイミングです。
試合をたくさんして勝った負けたを経験し、その面白さを身をもって感じていきます。
ただし、ひとつ重要なことがあります。
それは、勝てる可能性のある相手と試合をすることです。だいたい同じくらいのレベルの相手である必要があります。
これが「良きライバル」です。
逆にいうと、強くなるためには、良きライバルを探す努力は惜しんではいけないということです。
繰り返しになりますが、試合の楽しさを知るために必要な技術は、同じレベルの相手と試合をする前提で、ボールスピードを問わず、サーブとストロークを5割入れられるだけで十分です。
そこまで打てるようになったら、良きライバルを見つけてたくさん試合をしましょう。
ちなみに、良きライバルは相手の合意はいりません。「俺たち良きライバルだよな」となっている必要はありません。
身近なテニス仲間のひとりを勝手にそう思っていればいいのです。複数人いてもいいでしょう。
あなたには良きライバルはいますか?誰かの顔が思い浮かべばその選手をこれからは少し意識して、何度も試合を挑みましょう。
ちなみに、私にも良きライバルがいます。それは、ダブルスのパートナーでもあり、シングルスの練習相手でもある特定のテニス仲間です。ライバルでもあり、親友でもあります。
試合をしないと練習の質が上がらない
さて、冒頭にあげた「試合は練習をたくさんして、自信を持って打てるようになってからするもの」という考え方をおすすめしない理由の2つ目に話を移します。
真剣勝負の試合に勝つために本気でテニスをしているプレーヤーにとっては、その考えでは、ゴールに対して確実に遠回りとなります。
なぜなら、試合に勝つために本当に強化しないといけないことは、試合をやらないとわからないからです。
試合を繰り返し、「テニスの試合とは?」という本質的なことを理解していかなければ、本当の意味で強化すべきショットも理解できません。
必ずしもすべてのショットを100点にしないくてもいいということに気づくこともできません。
また、自分の場合はどのショットを100点にすべきで、どのショットは80点でいいのか、それを判断することもできません。
また、技術面だけではありません。特にメンタル面、戦術面といった頭の使い方、考え方は、練習では身につきません。
テニスは、技術はベースとして不可欠なものですが、技術だけでは勝てないスポーツであることも、試合をしないと気づけないのです。
だから、サーブとストロークを5割成功させることができるようになったらもう、同じレベルの人と試合をたくさんしながら、その合間で練習をすることをおすすめします。
そして、「これを練習で強化できれば確実に勝率を上げられる!」という確信を得るのです。
その確信を持って練習をしているのと、その確信がないまま闇雲に練習をするのとでは、その効果に天と地ほどの差が生まれるということはいうまでもないでしょう。
是非、明日から、試合ファーストで考える習慣を身につけてみてください。
試合ファーストの猛練習信者が、強い選手になれます。
それではまた、きっとどこかで。